退歩集・北宋汝窯系蓮花文紫砂薪焼杯(古法漆修補を含む)



退歩集|北宋汝窯の余韻・紫砂薪焼 清涼寺蓮花杯(古法漆修補)
――古法手捏・古法薪焼・古法漆修補、三つの無形文化の息遣い。
「退歩集」とは、後ろに下がることではなく、より深い場所へ還ること。
陶と火が未だ分かたれず、
器が質感と火痕、そして気骨だけで語っていた時代へ。
本作は清涼寺汝窯の蓮花杯を源とする。
蓮弁の文様は手捏で起こし、模倣を求めず、宋代の澹泊と節度を取る。
三昼夜の薪焼で素焼きとなり、火痕、落灰、冷縮紋はすべて自然のままに。
窯出しの折に生じた細かな裂けは、古法の漆によって静かに修補され、
その裂紋は光の軌跡となった。
これは、火の中で生まれ、時間の中で修復された器である。
古法の手捏は土の原初、
薪焼は火の本質、
漆修補は、人が器へ寄せる再びの温かい介入。

三つの古技が重なり、器は三度の呼吸を得る――
誕生、受難、再生。
裂けはもはや欠点ではなく、器が自らの宿命を語る道。
漆線は隠すためではなく、その宿命に静かで温かな灯をともすもの。
器壁の紫褐・赭紅・煙青が交わる層理は、宋窯片の光を再び照らすかのよう。
口縁はわずかにすぼまり、底は外へ張る。形は静謐にして端正。
土の古意と時間の安寧を兼ね備える。
これは紫砂が宋へ向けた静かな回望であり、
同時に「退歩集」が求める心の深処でもある。
――退くとは、後退ではない。
――退くとは、器物が本来の呼吸へ戻ること。
――裂は天工、補は匠心。
――器と人とが、共にその運命を完成させる。